• 準備力
2017/08/30

肌は、自分と現代社会の境界である【肌からストレスオフを考える⑤】

オキシトシンやスキンシップについて研究する桜美林大学・山口創先生にうかがってきた連載「肌からストレスオフを考える」も、いよいよ最終回です。肌と脳の関係、触覚の知られざる可能性、タッチケアの有用性などさまざまなお話が登場しましたが、最後は「肌は自分と社会との境界線である」という興味深い視点で総括してくださいました。

■「鎧の肌」と「脆い肌」。自分と外界との境界としての肌の役割

肌には自分と環境とを隔てている境界としての役割があります。物理的には自分と環境との境界は「肌」にあると言えますが、その境界を心理的な捉え方には、個人差があります[1]。たとえば下の左図の場合。これは「鎧(よろい)の肌」とも呼ばれる状態です。例えば引きこもりや虐待を受けた人、対人恐怖など、他者や社会との接触を断って、自分の殻に閉じこもっている人が持つに見られる感覚です。

それに対して右図は、「脆い(もろい)肌」とも言われる状態で、境界の感覚が曖昧になっています。この場合、「自分」という感覚が希薄になり、他者からの影響を受けやすくなり、相手と自分の境界がはっきりしていない状態になります。例えば過保護な親が子どもと一体化している依存の状態や、愛し合っている恋人同士などにも見られます。

これらはどちらも極端な例ですが、これら両極の間を揺れ動いているのが健全な境界感覚。初対面でどんな相手かわからない時は「鎧の肌」になって用心して接し、親しい人とは腹を割って交流するといった具合です。



■肌への刺激が、「鎧の肌」を持つ拒食症患者の治療に

肌の持つこのような性質を利用して、拒食症の人の心理治療に役立てているユニークな研究があります[2]。もともと拒食症の患者は、「脆い肌」を持っているため、自分自身の身体に対するイメージが弱く、実際の触覚も鈍いことがわかっています。そこで彼らにウェットスーツを着て生活してもらうのです。

ウェットスーツを着ると肌が締め付けられ、触覚が刺激されます。すると自分自身の境界である肌の感覚を常に感じるようになるため、ボディイメージが強くなり、拒食症の症状がよくなるだろうと予想したわけです。実験の結果、仮説通り、ウェットスーツを着ている1週間は身体のイメージが強くなり、食行動が正常に。体重も増加しました。しかし着用を止めて普通の生活に戻ると、再び拒食症の症状が戻ってしまいました。


■セルフケア&スキンシップで「今、ここに存在している」自分を感じる

私たちもストレスや不安があると、無意識のうちに顔を撫でたり髪をいじったりして、肌に刺激を与える「セルフタッチ」が増えます。セルフタッチをする理由はいくつかの説がありますが、私は自分の境界を刺激する行動だと考えています。つまり、人はストレスや不安があると、拒食症の人と同様に境界の感覚が曖昧になり、「脆い皮膚」の状態になります。例えば大勢の人前でプレゼンをするような場合、聴衆の視線が体に突き刺さるように感じたことはありませんか? そのような時、人は「自分はここにいるのだ」という意識が希薄になり、頭に血が上って真っ白になってしまいます。無意識のうちに境界である肌を刺激してその感覚を強めることで、「今、ここに存在する」自分自身を意識しようとしているのだと思うのです。舞い上がって拡散した意識を身体にまで下ろし、境界を認識することで、安心感を得ているのではないでしょうか。

一日の終わりにセルフマッサージや親しい人とのスキンシップで、「今、ここに存在している」自分という意識を取り戻す時間を持つこと。ストレスを抱え込まないための大切なセルフケアだといえるでしょう。


[1]山口創 (2012) 手の治癒力 草思社
[2]Grunwald,M. et al. (2001) Haptic perception in anorexia nervosa before and after weght gain. Journal of Clinical and Experimental Neuropsychology,23, 520-529.



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執筆・監修:山口創

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